医療法人 清陵会 南ヶ丘病院
(財)日本医療機能評価機能構認定病院
「医を以て尽くす」
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  「医を以って尽くす」 小原家と宮本家  
 
  医を以って尽くす

南ヶ丘病院が基本理念に掲げるこの言葉は今をさかのぼる事400余年、小原家初代当主、小原信利の娘である理応院の言葉です。
医療法人清陵会を設立し、皆様の医療に貢献し続ける小原家の歴史は、医家としての歴史です。

理応院は宮本武蔵の兄である田原家貞の子、久光の元へと嫁いで、5人の子供を産みました。
2番目の息子が伊織、4番目の息子が小原玄昌です。
つまり、理応院は宮本武蔵の兄嫁であり、武蔵と伊織・玄昌は叔父、甥の間柄です。
天正15年(1587年)、豊臣秀吉による九州攻めの際に理応院の父、信利は戦死、兄小原信忠も文禄の役(1592年)で亡くなりました。
男子がいなくなってしまった小原家の将来を憂いた理応院は伊織を宮本武蔵の養子にし宮本家を継がせ、玄昌に自分の生家である小原家を継がせました。
戦国の世の戦いの悲しさを知った理応院は、玄昌に世の中の平和のシンボルである医療の道を歩ませます。

母の言葉を守り、医療の道を邁進した玄昌は、京都御所典薬寮の医師として最高位である法眼となり、当代一の名医となりました。
その息子である玄格の代になり小原家は現在南ヶ丘病院のある九州小倉に移り、地域医療に貢献することとなりました。
その後小原家の子孫は代々、医療に関わっています。

現南ヶ丘病院院長、小原貞利は小原家13代目の当主です。
医療法人清陵会南ヶ丘病院を設立した貞利は、約370年間、家訓である理応院の言葉「医を以って尽くす」を基本理念とし、日々地域の皆様のために医療に邁進し続けています。
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